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今回は大阪市住之江区の「スティック株式会社」様をご紹介させて頂きます。 スティック株式会社様は、健康・美容スティックゼリーの開発と受託製造を行われている会社です。 社長の渡辺潤一様は平成27年9月に奥様と2人で法人設立をされてから、それまでのご経験を活かし、 これまで右肩上がりに売上を伸ばして来られました。打ち合わせ中もひっきりなしに商談のお電話がかかってくる程 お忙しくされている渡邊社長ですが、今回は貴重なお時間を頂戴し、法人設立のきっかけや独立後これまで感じてこられた事などについてお話を伺いました。 Q. 設立以前のご経歴や設立に至った経緯は何でしょうか?
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● 令和3年7月
「新卒入社以来、食に関わる企業2社で営業、開発の仕事をしてきました。
最初の会社は食品原料メーカーで25年間勤務しました。46歳の時にその会社の代理店であり、懇意な役員がいた原料商社に転職し10年間勤務しました。転職したその会社では健康食品の新規事業部の立ち上げを任されました。全く売上ゼロからスタートしましたが、
10年で年商6億円の事業部に育てることができました。しかし2015年、56歳の時に社内の人間関係のいやらしさに我慢できず、
それまでのノウハウを活かして一念発起、脱サラ起業しました。
退職時には会長から『我社は今まで何回も健康食品事業部の立ち上げに挑戦してきたが、全て失敗に終わっていた。
そんな難しいプロジェクトをあなたが初めて成功させてくれた。いつの間にかわが社が忘れていた大切なことをもう一度気付かせてくれた、
ありがとう。』という言葉を頂いたことは忘れられません。また、その事業部を立ち上げた経験は自分自身の会社を興す時にも非常に役立ちました。」
「スティックゼリーの健康食品というのは、まだニッチな分野です。
我が社はファブレスメーカー(自社工場を持たないメーカー)であるため、
長年の経験と知識から、私自身が直接、相談からご提案迄一貫して対応させて頂く為、
お問い合わせ・ご要望への対応スピードや対応できる案件の幅がわが社の強みだと考えております。
それぞれ特徴を持った6社の企業さんと提携しており、スピーディーな試作、特殊製法、大・小ロット対応、
低コスト製造など様々なご要望に柔軟に対応できる事は、大企業ではなかなか難しいことではないかと思います。」
「創業当時は家内と二人だけの零細で信用もない会社が世間からお仕事を頂けるのか、すぐ倒産するのではないかとすごく不安でした。
しかし、幸運にも、サラリーマン時代に得た経験・知識や築いてきた信用関係と人脈が土台となり、
信じられないようなありがたい援助をして頂ける方々に恵まれました。
そういった様々な人の助けもあって、創業時から毎年お客様や案件も少しずつ増え続け、途切れることなくお仕事を続けてくることができました。
3期目を迎える頃ぐらいには、ようやく今後もやっていけそうな手応えを感じ始めました。サラリーマンとしての仕事を一生懸命やっていて本当によかったと感じています。世の中を左右するのは会社やブランド力だけではなく個人の力も大きいのだと感じました。
これまでサラリーマン生活を35年間もやってきましたが、今後はもう組織に入ったり、それを作って仕事したりする気はありません。
今後も社員を雇わず家内と二人だけでやっていくと決めています。これからも会社としての価値を高めていき、
いつか買い手がつくような会社にできたらなというのが私の理想です。」









